大連到着翌日(大連開発区にて)


1998/08/23(日)




 於:銀帆ホテル

 七時すぎに目を覚ました。

今日はとにかく市内へ出て地図を探すことにした。
今いる開発区と理工大学迄の距離など全く分からないので、とにかくホテルを出た。
TAXIで値段を聞こうかと思ったが、とりあえず外を歩いてみようと思い、歩き出した。
ホテルを出て、すぐ右の方角に建築途中の巨大(15,6階建て)なビルがあった。
人気(ひとけ)がないので休みなのかと思ったがその方向は何か気味が悪いし、
先には何もなさそうだったので左の方角へ足を向け、歩いた。
二分もすると、どこからともなく糞のにおいがした。
そういえば昨日、飛行機の窓から大連の景色を見たら、やたら田、畑が多いのに
少し驚いたが(大都会だとばかり思っていたので)そうなのかと思っていたら

「馬(馬車)が・・・」

生まれてこの方、往来で馬など見たことはなく
間近で見る馬のでかさに驚いた。
「(この臭いの元は)こいつか・・・」と思いながら、そこを通り過ぎ、ひたすら直線の道(長春路)を歩いた。
20分もすると市場が目に入る。人も多い。少し道をそれて、その市場に入ってみた。
なかは、日本のスーパー形式と違い、あえて言うならば
大きい体育館のようなところに野菜や肉、果物を
フリーマーケットのような感じで販売していた。

このときまず思ったのが、肉類を売っている前を歩くと強烈で異様な臭いを感じた。
ハワイやソウルへ行ったときにはそんな臭いはあまり感じなかった。
とっさに台湾へ行ったときの臭いを思い出した。
やはり食生活、習慣は同じなのだろう。

この後、バスに乗って市内へ行くのだけれど、
市内の食料品売り場は
まさにこのくさい臭いが充満していた。
この臭いに慣れないと、中国では生きていけないと痛感した。
んが、しかーし 臭いはこれだけではない。
人の集まるところでは
時として、何とも表現しにくい臭いがある。
先程の臭いよりこっちの方がまだ体が慣れていない。


約一時間強。五元の小公共汽車(ミニバス)で揺らり揺られて、ようやく市内へ着いた。
大連駅の裏に着いたが、なんか雑然としている感じだ。
きれいに整理整頓されている状態を秩序というなら
まさしく無秩序がぴったりだ。だけど、そこに人間くささを感じる。
駅に着いたときに同じバスに同乗していた赤い服を着た青年に道案内をしてもらった。
背が低くて、イメージで言うと故竹下首相の若い頃(写真でしか見たことはないが・・・)に似ているような
そんな感じのする青年だった。

駅裏(停留所)から駅の表へ出たときに
礼を言って別れようと思ったが、困ったことに意志が通じない。
英語が話せるかと口頭と筆談をしてみたが、これがダメであった。
新華書店へ行って地図を買おうと思っていたので、その旨伝えると
なんと彼は親切にも一緒に先導しながら教えてくれた。
書店へ着いたとき、お礼に十元を渡したのだが、
この竹下くんは頑として受け取らない。
彼の親切な行動は
昨日の兄ちゃんのこともあり、少し(大連の人に対して)不信感があったので
とても感謝感激で、有り難かった。
こういう親切な人もまだいるみたいだ、中国には。


新華書店で地図は見つけたのだが、それは小学校の教室に貼ってあるような巨大な地図で
自分が探していた大連の詳細地図(ミニガイドのようなもの)は置いてなかった。

仕方なく、また丁度お昼時だったので
ファーストフードでも食べようと思い
天津路(メインストリート)をぶらぶら歩いてみた。
ケンタッキーがあったので23.5元(約450円)のセットを食した後
中山広場へ足を運んだ。
近くに市内案内図があった。これが有り難かった。
大学の場所(位置)がわかった。ただ場所がかなり市内から離れていたので
かーなーり びっくりしてしまった。
いやぁ〜、これからどうなるのかわからんけれど
やれるだけやってみよう。
              
                             〜PM11:37

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